よし、『フルメタルパニック』とかいう小説は不買だ。まあ今まで買ったことなかったので、これからもただ買わないだけなのですが。俺もこの子きらい。もし自分が世界の影の支配者だったら、すべてを奪って絶望のどん底に叩き落として嘲笑してやりたい。その上であっつあつの超うまいステーキとか食わせてやって、悔し涙を流す姿が見たい。すごく見たい。 https://t.co/SOb5VWQNnU— 賀東招二 (@gatosyoji) December 7, 2019
※追記(2019/12/11)
人権概念をろくに獲得しないまま社会に出すとこういう社会的に害悪のある存在になってしまうのです、という例を以下に提示しましょう。こういう人間が仮に何らかの専門職だったとしよう、そうすると彼のなす仕事はマッドサイエンティストかマッドエンジニアのなすものとそう変わらなくなることが容易に想像できるわけです。AIが国を救う類の「最年少准教授」にせよ「山猫だぶ」にせよ、人権概念を獲得せずに専門教育しか受けて来なかった手合いはその存在そのものが害悪だという主張の説得的な証拠になりつつあります。既になってるのかもしれん。任意の誰かが作品をきちんと読むだけで作家の作品の外での行為を免罪できるなら、『我が闘争』を「きちんと読んだ」読者がたったひとり存在しただけでヒトラー以下ナチスドイツが行ったホロコーストは無罪ということになります。そもそも好きかどうかという内面の問題と行為についての問題が弁別できない彼の様子を見るに、どちらかというと下に掲げた人はなんらかの種類の知性が残念な類の人なのかなとは思う。いずれにせよこの程度の雑な枠組みでしか問題を認識できない方に「そくらてす」を名乗られると、ソクラテスも草葉の陰で泣いてそうだ。
フルメタの作者が、グレタのことが嫌いだと発言して燃えてるそうだが「お前ら、フルメタをきちんと読んだのか?あの作品書くようなやつが、現実の見えてない声が大きいだけのクソガキを好きなわけがないだろう」以上の感想がわかない。— そくらてす@帰納法・量化子コンサル (@7danmoroboshi) December 9, 2019
※追記(2019/12/10-2)
このツイートを投稿した人も言っている様に、クーリエジャポンがこの記事を翻訳した理由は「トーンポリシングに使えると判断したから」以外の理由は存在しないだろう。クーリエジャポンはトーンポリシングをしたくて、つまりトゥンベリ氏の主張をやり込めてやりたいと思ったところにカモがネギをしょってきたわけです。そこで渡りに船とばかりにこの記事に飛びついたのだろうと容易に想像できる、元の記事がそういう碌でもないものかどうかはともかく。クーリエジャポンは恥を知れよ。こういう記事がこの瞬間に日本語で出されること自体が、「日本社会は声を上げる人のことが大嫌い」と分析している私にとっては、興味深い。— 国立研究開発法人原田知世研究機構 (@norinori1968) December 9, 2019
まあ、主張の中身じゃなくて言い方に対して批判をする、なんてのは、中身が嫌いな人の常套手段ですよね。https://t.co/AwmdxIOu0l
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